「平和学からみた環境問題」02/06/22

報告 草島 豊

1.人間関係の諸問題

・この東京の町においても様々な問題の中、問題を抱えた社会の中で生きる私たち。

・関係存在としての人間

一つの影響としての数値化、商品化…人間に与える社会的な影響のひとつとして資本主義社会の影響。その影響によって引き起こされる諸問題。

 

2.数値化・商品化

・画一的な市場の尺度による序列化

・使用価値が狭い領域、緊密な関係における尺度である時は個々の人間の関係性から遊離していなかったが、それが市場の中に位置づけられていくときに人間関係から遊離していった。人がモノへ。

物理的な面での暴力と精神的な面での暴力。

 

3.サブシステンス

サブシステンス=「人が人であり、人として生きていくための条件」…「人として生きていく」とは社会的関係の中での再生産。

サブシステンスは心の領域も含まれる。構造的暴力は心理的面も対象。

「人である」条件の一つに非商品的価値を認めること。

しかし現実は

(1)商品的価値による画一的な序列化。

(2)非商品的領域が商品的領域に変換されていく。

→資源を食い尽くしていくシステムである資本主義市場経済があらたな市場を外部世界に求めるように、人間の私的な領域を資源として求め食い尽くして行く?

 

この(1)(2)の進行が人間の精神的基盤の不安定化を導く要因となっている。社会的関係の再生産の阻害となっている。

 

 資本主義社会で労働力が商品化されている。そのこと自体を否定するわけではない。しかしそのこと自体も問題がないとは言えない。能力主義社会において、人間の価値を貨幣で支払われる報酬の額によって測られるのが現実である。しかもその評価では市場評価されない領域は労働価値として評価されない。(参照:第7章 3「現代社会の差別構造」)

 

資本主義市場経済に浸食されない領域としての非商品的価値

 非商品的価値とは数値化出来ない領域、理解できない領域。その領域の存在を認める必要がある。例)人の命はなぜ大切か?という質問に対して、理由はなくとも大切だと言えることが必要。商品的価値で人間が数値化されていけば、マイナスの価値になったときに生存権が奪われる?

 

4.サブシステンスの回復

数値化、商品化から阻害された人々との関係において。

(ある意味のエクスポージャー?)

 

 

設問

・「人を数量化する/人や自然をモノとして対象化する」ことは「経済」の仕組みとして避けられないと思いますか?またその理由は?