立教大学全カリ「平和学から見た環境問題」
 
覇権安定論と国家安全保障
2002/5/11
蓮井誠一郎
 
<背景>
利潤を効率的に追求するために創り出された国民国家と世界システム。これを反国家的、
反システム運動から守る必要がある。
 
T.国家安全保障
 
 1.「安全保障」とは
 
  ・安全保障の形式的定義「A(国家)がB(国家)のCという利益を、Dという脅威
  から、Eという手段で守ること。」
  例)日本が、日本の独立を、ソ連の軍事侵攻という脅威から、自衛隊と日米安保条約
  によって守る。←荒唐無稽だが、冷戦期には真剣に議論された。
  ・国家は領域、主権、国民で構成される(国際法)。この各要素を守ることが狭義の
  国家安全保障の目的。
  ・経済的利益や、生活水準、政治的選択の幅を守るのが広義の国家安全保障の目的。
 
 2.国民の安全を守るための国家
 
  ・このフィクションの下、国家の安全(National Security)を追求することが正当化
  された。社会契約論。
  ・国家の生死は国民一人一人の生死と関連づけられた。国家がないとホッブズのいう
  自然状態(万人の万人に対する闘争)となり、人々の安全が脅威にさらされる。
  ・国民に安全を提供することが国家の正統性の根拠。つまり、国家が国民に安全を守
  るためとして、一定の義務を求めることができる(納税、兵役など)。
 
 3.開発を守るための国家安全保障
 
  A.国家を守る必要性
 
   ・特に20世紀以後、国家とは、開発によって得られる利益をできるだけ大きくし、
   そのためのコストをできるだけ小さくするための手段。
   ・開発には資源のある土地が必要。土地の確保と効率のいい統治のやり方として、
   近代国民国家が効果的だった(?)。
    →戦後の覇権国、米国は、植民地が少なく、いったんそれらを独立させてから、自
   らのコントロール下におくほうが有効だった。(新植民地主義へ)
   ・国家を守ること=開発による利益(聞こえが悪いので「国益」と言い換えられた)
   を守ること
 
  B.冷戦とは何だったか
 
   ・資本主義陣営(西側。米国がリーダー)と共産主義陣営(東側。ソ連がリーダー)
   とに分かれて、ふたつの開発スタイルの競争が行われた。
   ・お互いに核兵器と軍隊で重武装し、大量の兵器を国境線に配備してにらみ合って
   いた。このころ、安全保障への脅威とはすなわちほかの陣営の軍隊による侵略だっ
   た。
   (安全保障上の脅威とは、すなわち軍事的な脅威のことを指していたことに注意)
 
  C.ポイントフォー計画
 
   ・トルーマン大統領が推進。後進国の援助を行うことで、冷戦を戦う上で西側陣営
   をより強固なものにするのが目的。
    →西側の資本主義的開発スタイルに賛同する国に援助を行い、東側陣営からの侵略
   を防ぐ。
    →侵略されれば、開発による利益を失う。つまり、侵略から国家を守る(冷戦期の
   安全保障政策)ということは、すなわち国家は国民ではなく、開発スタイルを守る
   ために存在するということになる。
    →ということは、国家安全保障とは、国民ではなく開発の安全保障ということにな
   る。
   ・植民地を独立させ、欧州の旧宗主国から土地をもぎ取った。
    →もともと米国は植民地をそれほど多くもっていなかった。これが新植民地主義へ
   とつながる。
 
 4.国家を守るための安全保障
 
  A.政策として優先される国家安全保障
 
   ・近代国家とは国民の安全のための産物なので、国の政策の中で安全保障は最も重
   要な政策であり、これが問題になったときは最優先で人的物的リソースが配分され
   る。
   ・国家全体の安全を守るためには戦争ですらも許容される(自衛権)
 
  B.国家の安全が国民の安全に優先する
 
   ・目的と手段の逆転現象
   ・社会契約論的には本来は国民の安全のための国家だったはず。国家(政府との区
   別が難しい)の安全が脅かされても、国民の安全が維持されていればそれで目的は
   達せられた。
 
   ⇔国家の安全のための開発ではなく、開発の安全のための国家となった上に、旧植
   民地地域への近代国家システム移植手術の失敗の結果、・・・
 
    →実際には国民の安全よりも国家の安全が優先される。
    →ためになる人間とならない人間の峻別が行われる。
    →国家の安全のためになる人間の安全が、他の人びとの安全よりも優先される
    →国家の安全のために、ためにならない国民(または住民)の安全が軽視又は積極
   的に侵害される。
 
 
 
U.覇権安定論
 
 1.覇権とはなにか
 
   1)一般的定義;(大辞林第2版)覇者としての権力。他の者に勝って得た権力。
   「―を握る」「―主義」
   2)学術的定義@;軍事力や経済力によって他国を威圧したり侵略して、自国の勢力
   の拡大を目論むこと
   3)学術的定義A;ある国が天然資源、資本、市場および高付加価値製品の生産にお
   ける支配権を確立すること(R.コヘイン)
 
 2.覇権安定論の理屈
 
  ・覇権国(米国)が強い国力を持って繁栄し、挑戦国の台頭や挑戦が不可能な状態で
  あるときこそ、自由貿易体制が維持され、システムにはグローバル戦争もなく、安定
  した(=平和な)状態が維持される。
  ・だからこそ、平和を願うなら、その他の大国は覇権国をサポートしなければならな
  い、という理屈。
  (国民の安全のために、という口実の下なされた国家安全保障政策が、結局国家優先
  になってしまったことに注意)
 
 3.その問題
 
  ・大国優先の安全保障政策の正統化(中心−周辺関係)
   →アフガンやソマリアを始め、世界システム全体の機能(開発を行いその利益を中心
  部へ集める)に影響しない地域の人々の安全は軽視。
(図1. )田中明彦、「世界システム」、東京大学出版会、p.59
 
 
 
 4.9.11と覇権安定
 
  A.なぜテロなのか
 
・中心部の武装化が進み、周辺部から中心部への攻撃は、テロ攻撃しかなくなった。
・暴力もコミュニケーションのひとつ。平和的手段による異議申し立てができない以上、暴力によるしかない。
・困窮しているにも拘わらず、国際社会から無視されるのは、きわめて大きなスト
レスになる。これは、暴力への敷居を低くする。
(それでもテロを正統な手段とは言い難いが・・・)
 
  B.覇権追求がもたらしたもの(1)
 
   (1)中東政策の失敗(冷戦期〜冷戦後)
 
     ・偏った政策
      →イスラエル寄り(地中海沿岸)
      →サウジなど王室を重視(ペルシャ湾周辺)
     ・冷戦の終焉と共に、中東地域の戦略的地位が低下。
      →中東の石油が戦略資源としての価値を下げた。背景には、欧米石油の中東依
     存度の低さ(約20%。英4%、独13%、仏41%)や燃料電池の開発などがある。
 
   (2)中東軽視
 
     ・米国にとっては、グローバルな不安定は困るが、周辺国がイスラエルとの全
     面戦争にならないかぎり、それはない。
      →事態が拡大しないうちは、静観。つまりイスラエル国内のパレスチナ自治区
     での小規模なテロ、武力衝突で収まっている間。ただし、アラブ諸国の軍事介
     入が視野に入ってくると、真剣に仲介に入る?
 
 5.日本の有事法制
 
  A.問題点
 
   ・自衛隊は、そもそも米軍の一部でしかない。
    →米軍からの補給無しには、燃料弾薬の備蓄も少なく、継続的大規模戦闘は不可能。
   (一説には3日でタマ切れ)
    →兵器体系も、対潜水艦作戦、対空作戦中心など、日本とその周辺で活動する米軍
   を守るようにできている。
   ・米軍以外に、日本本土に侵攻できる正規軍はないという事実。
    →想定される有事が、冷戦時代の攻撃を想定している。今や「時代遅れ」。
    →一方、テロ攻撃などの、これからの脅威の形態については、対応できていない。
 
  B.国家安全保障というより、米国の覇権のための産物
 
   ・米国の覇権のための産物。
    →日本の協力なしに、米軍が朝鮮半島や中国沿岸部で大規模な軍事行動を行うのは
   不可能。
    →日本は、周辺地域での米国の戦争を止めることができる立場にある。
 
 
 
V.環境安全保障
 
 1.国家安全保障と覇権安定論が生み出した環境問題
 
  ・とくに戦後、安全保障政策は、環境を破壊しながら進めざるを得ない開発を推進す
  る国家を守る概念となった。
   →国家安全保障の名の下に、開発が進められた。(これは、後により明確な形で経済
  安全保障という概念で登場することになる。)
  ・ある意味では、安全保障が環境破壊を間接的に生み出している。
 
 2.環境問題と安全保障との関わり
 
  A.安全保障→環境
 
   (1)戦争は環境を破壊する
 
    1.環境戦争(Environmental Warfare)
 
      ・環境を人為的に改変して、それを兵器(Environmental Weapon)として用い
      る戦術のこと。
      ・人的被害が最悪の例;日中戦争中の事例。中国軍が日本軍を止めるために
      黄河のチョンチョウ近くの堤防を破壊。大洪水で、日本軍に数千名の死者。
      数百万fの農地が浸水(国内の農地面積とほぼ等しい)。作物と表土が全滅
      (これは食糧危機と、回復に何年もかかることを意味する)。11の都市、4,0
      00以上の村落が浸水。少なくとも数十万人(八王子市の全人口にあたる。杉並、
      葛飾、板橋各区の人口にほぼ等しい)の中国人が溺死、数百万人(都内人口
      の半数)が家を失った。
      ・環境兵器は、現在では条約で禁止されているが、抜け道もある。
 
    2.戦争による環境破壊
 
     (a)ユーゴ空爆
 
       ・1999年。パンチェボにある石油コンビナートの爆撃によるダニューブ
       (ドナウ)川への大量の化学物質の流出。
        →ある調査によれば、数千トンを超える化学物質(塩酸、腐食剤、二酸化
       エチレンなど)がダニューブ川へ流出し、大気中へ拡散した物質も1000ト
       ンを超えるという。
        →ダニューブ川はパンチェボからルーマニアとの国境を流れて黒海へ注い
       でいる。環境への詳しい影響は今後の調査を待たねばならないが、流域の
       汚染は、灌漑農地も含めておそらく決定的であり、生態系への影響は計り
       知れない。



       ・米軍機の使用した劣化ウラン弾による放射能汚染。
        →米軍は航空機用機関砲の威力を高めるために、弾芯に重い劣化ウランを
       使用している。コソボでも大量に使用。今も居住地周辺の地面の下に食い
       込んだり、命中した戦車や、その残骸などの周囲や大気に、噴霧状になっ
       て拡散したままだと予想される。
        →劣化ウラン弾は、沖縄でも97年に、海兵隊の戦闘機が誤射したとして問
       題になった。すでに米軍やNATO軍兵士には劣化ウラン弾によると見られる
       死者も出ている。
       ・空爆を終えた攻撃機が、着陸に際し機体を軽くするため、使用しなかっ
       た爆弾などをアドリア海に投棄し、漁場を汚染したとして、地元漁民から
       抗議の声。
 
     (b)アフガニスタン空爆
 
       ・燃料気化爆弾(FAE)
        →通称デイジーカッター。この使用は深刻な化学汚染を引き起こす。
       ・クラスター爆弾
        →クラスター爆弾とは、ケースの中から小さな子弾を10-200個、広範囲に
       ばらまく。子弾は不発弾となっても、後に人や車両が接触すれば爆発する。
       使用する側からすれば、ある程度不発で残ってくれた方が便利なためか、
       不発率も高く(5-30%)、対人地雷禁止キャンペーンでも非難が集中。
        →米軍は103の地域に1200発を投下。これにより、24000-48000発の不発弾
       が発生?
 
   (2)軍隊は環境を破壊する
 
    1.平時の軍事活動
 
      ・米軍沖縄基地周辺やヨーロッパのNATO軍基地周辺の環境汚染の問題
      ・基地建設に伴う環境破壊(沖縄のジュゴンとヘリポート建設問題)
 
    2.核実験
 
      ・大気圏内核実験(ビキニ環礁) →第五福竜丸事件。乗組員と付近のマグロ
      が放射能で汚染。
      ・大気圏外核実験 →電磁波で計器異常。死の灰が地球に降下。
      (参考)土木工事のための核爆発 →旧ソ連では、灌漑用水を蓄える人造湖を
      手早く作るために核爆発が使われた。 →放射能に汚染された土と水での農業
 
  B.環境→安全保障
 
   (1)環境破壊は人間の安全を脅かす
 
     ・安全保障の守るべき対象のひとつは、国民の生命と財産。環境破壊は、まさ
     にそれに対してダメージを与える。
 
   (2)環境破壊が暴力を生む
 
     ・環境破壊は社会現象。そこには人間が介在している。
     ・暴力の発現にはいくつかの可能性が考えられる。(図2.と図3.を参照)

 
(図2.)環境問題(環境の枯渇)が引き起こす暴力のモデル図。
 Homer-Dixon, Thomas. Environment, Scarcity and Violence, Princeton, NJ: Princeton University Press, 1999, p.134.

(図3.)環境破壊による人の移動と暴力のモデル図。
 
   (3)環境破壊は国家を脅かす
 
     ・地球温暖化で南太平洋の島国は海に沈む=領土が無くなる。これまでになか
     った領土の変更←領土の変更問題は、まさに国家安全保障が扱ってきた問題
     ・国内の不安定、内戦。
     ・隣国の内戦の飛び火や環境難民の流入。
 
 3.新しい安全保障へ
 
  A.人間の安全保障
 
   ・周辺部への近代国家システムの移植失敗から、国家が国民の安全を確保できなく
   なってきた。破綻国家。
    →難民の流出が問題。冷戦期と違い、他陣営からの難民を受け入れる戦略的価値は
   なくなった。
 
  B.環境安全保障
 
   ・環境問題という、戦争よりもたくさんの人命を損ない、危険にさらし、戦争すら
   引き起こしかねない問題こそ、安全保障の主要議題とするべき。
   ・だが「環境問題は安全保障上の脅威だ」という命題は国際政治学ではあまり受け
   入れられていない。
    →安全保障概念が曖昧になる。何でもかんでもが安全保障問題だというわけではな
   い。
    →「安全保障=生き残りの問題=特権的扱い=予算や人員を優先的に使える」とい
   う既得権益を守ろうとする動き
    →軍事優先の安全保障でないといけない
   ・環境安全保障概念の抱える危険性
    →「環境を守るために軍事介入する」ことの口実になる可能性がある。「人間の安
   全保障」はそうなった。
 
 
 
 
 
W.核依存症
 
  安全保障と地球環境との関わりを初めて示したのは核実験による汚染だった。地球環
  境問題は、核兵器を通して生まれた。
 
 1.冷戦後の核兵器
 
  A.冷戦を戦うための武器
 
   ・実際には使用せず、もっぱら脅しに使う。
    →「核抑止論」;お互いが相手に核兵器を使用されると困るので、直接戦うことを
   避けようとする。だから戦争にならない。⇔代理戦争
 
 2.覇権追求がもたらしたもの(2)
 
  A.冷戦の残滓(ふたつの対立)
 
   ・冷戦期に固定化された対立構造
    →周辺国同士の対立と、中心国と周辺国との間の対立。
 
  B.グローバル化の弊害(ふたつの孤立)
 
   ・中心部の国々の経済の役に立つ国と立たない国の峻別。
    →援助を受ける国と援助がストップした国。
    →援助がストップした国はグローバル化した世界経済の競争についていけずに貧困
   が蔓延(負け組?)。援助を受ける国も、先進国の都合で開発され、国内にゆがみ
   と対立が生じる。
   ・周辺部の住民でも、覇権に都合の良い人間とそうでない人間を峻別。
    →貧富の格差と一部の人びとのための開発による環境破壊で生活は困窮、それに伴
   う政府への不満、社会的不安定化。
 
 3.核依存症の蔓延
 
  A.感染力は強い
 
   ・隣国が核武装すると、こちらも核武装しないと不安
    →アメリカの核に不安を感じたソ連が核武装。中ソ関係が悪化し、核武装したソ連
   に不安を感じた中国が核武装。当時中国と関係の悪かったインドが核武装し、イン
   ドの核に不安を持ったパキスタンが核武装。
 
  B.伝染の原因は国際関係の悪化
 
   ・核依存症感染国と良好な国際関係を保つ国は感染しない。(仲が良いと感染しな
   い、不思議なビョーキ)
    →ただ核兵器を減らすのではなく、良好な国際関係を結ぶことが核依存症の根治に
   つながる。
    →南アフリカは、一時は核武装したが、アパルトヘイトの取りやめや冷戦の終結に
   伴い、核兵器の必要がない国際関係の構築に成功したので、みずから核兵器を解体
   した。
 
  C.国際関係は悪い方がいい?
 
   ・危機的な国際関係は、政府に特権を与える。「非常時だから・・・」
    →戒厳令や各種の統制などを正統化する。
    →軍事支出の拡大を容認し、軍産学複合体の利益を増大する。
 
 4.非政府組織(NGO)の可能性
 
  A.核依存症にとらわれない
 
   ・核依存症から利益を得ている政府は多いが、利益を得ている市民は少ない。した
   がって核依存症の解消には、市民の力を政策にのせることが重要となる。